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大阪高等裁判所 昭和59年(ネ)578号 判決

控訴人

財団法人雑賀技術研究所

右代表者理事

雑賀慶二

右訴訟代理人

宇津呂雄章

上田隆

森谷昌久

被控訴人

有限会社毛利精穀研究所

右代表者

毛利勘太郎

右訴訟代理人

藤井栄二

渡辺俶治

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

第一控訴人が本件特許権を有すること、および被控訴人が本件特許出願公告日(昭和四六年四月三日)以前からイ号製品(自動停止装置付シングルモーリー精米機)を業として製造販売してきたことは当事者間に争いがない。

第二控訴人は、被控訴人の右イ号製品製造販売は本件特許権を侵害すると主張するので、以下、イ号製品の構成が本件特許発明の技術的範囲に属するか否かについて検討する。

1  まず、本件特許の明細書が出願公告決定謄本の送達後に補正されたものであることは当事者間に争いがないところ、被控訴人は、右変更は特許法六四条一項但書に違反するから同法四二条により本件特許発明の技術的範囲は補正前の特許請求の範囲に基いて定めるべきである旨主張するので判断する。

〈証拠〉によつて、右補正内容を検討するに、控訴人は公告後の補正で特許請求の範囲の構成要件④(後記説示参照)の「前記回路スイッチより……別個に設けたこと」なる部分を追加するとともに、発明の詳細な説明においても右構成要件④の必要性と有用性についての説明を加えたものであり、かつ、これに尽きるものであることが認められ、これは精穀機の再起動に関する機構を特定したものにほかならない。しかるところ、本件発明は、その名称でも明らかなとおり、もともと精穀機が起動状態にあることを前提としてその自動停止機構についての発明を主たる目的としたものであつて、その手段として精穀機の最終端(排穀口の圧迫板)の動作を検出し、その動作が止まる(圧迫板が閉じられる)と電動機が停止する構成を提案していたのであり、このことは補正の前後においても変りがないところである(後記構成要件①ないし③参照)。したがつて、本件補正は当初任意の手段にまかせていた再起動機構をも本件発明に必須不可欠のものとし、それを前記構成要件④のとおりの態様に限定して特許請求の範囲を減縮したものであり(特許法六四条一項但書一号)、これに対応する詳細な説明も不明瞭な記載を釈明したものと解するのが相当である(同法条項但書三号)。

そうすると、被控訴人の前記主張は失当で、本件特許発明の技術的範囲は補正後の特許請求の範囲に基いて決すべきである。

2  そこで、次に本件特許発明の構成要件および関連公知技術等について検討する。

(一)  まず、本件特許請求の範囲を分説すると、それは控訴人主張のとおり①ないし⑤の要件によつて構成されていると解するのが相当である(原判決三枚目表五行目から同裏四行目まで。ただし、当審で一部訂正されたもの。)。

(二)  次に、本件特許出願前の当該分野(精穀機)における技術的水準は次のとおりであることが認められる。

(1) 被控訴会社製の「モーリーモーターマスター」(昭和三八年頃公用)

その構成は原判決二七枚目裏五行目から同二八枚目表末行までにおいて説示しているとおり。

(2) 被控訴会社製の「シングルモーリー10」(昭和四〇年一〇月公用)

その構成は原判決二八枚目裏初行から同二九枚目表八行目までにおいて説示しているとおり。

なお、当審で提出された甲第一八号証によれば、原審がこれを検証した昭和五八年四月二一日当時「シングルモーリー10」に附属していたベルトは昭和四四年九月以降発売のものであることが認められるため、後者は一見本件特許出願後の製造にかかるものであるかのようにみえるが、他方、様式体裁により真正に成立したと認める乙第三七号証によると右ベルトは昭和四〇年一一月五日から右精穀機を公用使用してきた有限会社鵜沢米店が当初のベルト摩耗のため後日取り替えたものであるにすぎないことが認められる。

(3) 「精米機ニ於ケル排出口ノ蓋全閉阻止警報装置」(実公昭九―一六〇三五)

成立に争いない乙第四号証によつて認められるもので精穀機の穀粒出口から排出される穀粒が少なくなつて一定限度に達したとき、同部分に設けられた押圧盤の作動によつて電気回路のスイッチの点滅を行わせ、これにより自動的に警報電鈴を鳴らす装置にかかる実用新案(なお、成立に争いない乙第一ないし第三号証によると、被控訴会社は昭和四〇年六月一〇日同様の構成による自動停止装置についての考案「精穀機の自動停止装置」について実用新案登録出願したが、同四四年九月二五日右考案を引例とされたうえ、電鈴を鳴らすことと電動機を自動停止することとは単なる設計変更にすぎないとして拒絶査定されていることも認められる。)。

(4) 杉田稔著「自動化機器の設計と製作」(昭和三七年四月三〇日発行)―様式体裁により真正に成立したものと認める乙第一五号証(弁護士安村高明の鑑定書)添付の資料32―によると「電動機の運転停止は電動機に至る電源に電磁接触器を入れておき、これを操作回路で自由に操作することになるもので、これは電動機の運転停止の基本回路である」旨の記載が認められる(二六二頁)。

(5) また、右同文献二六三頁には三相誘導電動機の操作回路の一例が図六・一八として図示説明されており、これによると「押ボタン(スイッチ)pb1を押すと、Aから入つた操作電流はpb2からpb1を通り、サーマルリレーのTY2の接点を通りさらに1の電磁接触器の操作コイルを通つてBに帰る。これによつて1で示す四ケ所の接点はすべて同時に閉じるので電動機はスタートする」との構成が開示されていることが認められる。

(6) さらに、寺野寿郎他六名著「ボイラの自動制御」(昭和三八年三月三〇日発行)―成立に争いない乙第二五号証―の九六ないし九九頁には、クレイトン蒸気発生機の電気結線図が示されており、これによると、モーターMの主回路の電磁開閉器MSは、始動押ボタンスイッチB1、停止押ボタンスイッチB2、始動継電器SR、時間遅れ継電器TDRなどを含む操作回路によつて開閉される構成が開示されていることが認められ、これを本件イ号製品の電気回路と比較すると、モーター主回路の電磁開閉器を起動スイッチや停止スイッチを含む操作回路によつて開閉する点において同一の構成であることが明らかである。

(三)  なおまた、原審における鑑定人五歩一敬治(弁理士)の鑑定の結果によると、電磁開閉器の励磁回路内に電動機の起動スイッチを設ける場合(イ号製品の採用している結線方法)と右回路内以外の主回路に起動スイッチを設ける場合(本件特許発明の実施例の採用している結線方法)とでは、前者の方が自動制御および遠隔操作に有利でありかつ設置位置を自由に定められる点で利点があることが認められる。

3  ところで、被控訴人は、本件特許発明は出願当時すでに全部公知(すなわち新規性を欠き)、または公知技術からして推考容易(すなわち進歩性を欠くもの)であることを理由として、その技術的範囲は詳細な説明に開示された実施例どおりの範囲に限定して解釈すべきであると主張している。

しかし、前記2(二)によつても本件特許発明を出願前公知であつたとは認め難い。被控訴人はこの点について特に前記2(二)の(1)及び(2)の公用技術の存在を強調するのであるが、いま(1)の「モーリーモーターマスター」の構成についていえば、それは電動機を自動停止するに当つて、精穀機の給穀路(穀粒の入口)の状態を検出し連動させているため、精穀が完全に終了した段階で電動機を停止するためには別個の技術(すなわち遅延リレータイマー)が不可欠であるのに対し、本件特許発明の場合には排穀路(穀粒の出口)の状態を検出して電動機の停止と連動させることをその構成要件としているため前記時間差停止の構成は不可欠ではない。また前者は給穀されるだけで電動機が起動するのに対し、後者では別個に何らかの起動手段が不可欠となる構成を前提としており(現に、本件特許発明はその結果④の構成を要件としている)、両者がその基本的な技術思想において相違していることは明白である。さらに、(2)の「シングルモーリー10」(および(3)の実用新案)は精穀機の排穀口を検出する構成である点において本件特許発明と共通する部分があるが、それを警報ブザーの作動に連動させるものである点において相違することが明らかである。また、他に本件特許発明を全部公知とするに足る資料も見当らない(乙第一八ないし第二四号証、第二六号証の一ないし三に開示されている技術もそれぞれ本件特許発明と同一であるとはいえない。)。したがつて、被控訴人の全部公知を理由とするクレーム限定解釈の主張は失当である。

また、被控訴人の推考容易を理由とする同旨の主張は独自の見解というほかなく、その主張自体にわかにこれを採用することができない(同一の技術が出願前すでに公知であつたにもかかわらず誤つて公告または登録されている特許発明の技術的範囲確定またはクレーム解釈にさいし格別の配慮をすることは首肯できるとしても、異なる公知技術と比較して当該特許発明が特許法二九条二項所定の進歩性を欠くと判断することは、それ自体、司法裁判所が名をクレーム解釈にかりて、結果として、特許庁の裁量的専権を行使するに等しく相当でない。〈証拠〉によれば、ことに本件特許発明については、現在、被控訴会社の特許無効を求める審判請求事件がまさに右進歩性の存否を争点として係属中であることが認められる。)。

4  そこで、イ号製品の構成を本件特許発明の構成要件と対比検討する。

(一)  イ号製品が構成要件①②(いわゆる機械的構成部分)を充足具備した自動停止装置付きの精穀機(⑤の構成要件)であることはその構成を分説するまでもなく明らかであり、このことは当事者間にも争いがない。

(二)  次に、電気的構成部分(③④の構成要件)について検討することとし、まず便宜、本件特許発明における④の構成要件すなわち「前記回路スイッチを操作することなく、精穀機の電動機を起動せしめる起動スイッチを別個に設けたことを特徴とする」ことの発明的意義について先に考える。

思うに、本件特許発明は、すでに説示したとおり、精穀機の排穀口に設けられた圧迫板の状態を検出することによつて駆動中の電動機を自動的に停止させることを目的としたものであり、そのために電磁開閉器を利用することを提案しているのであるが(③の構成要件)、この電気回路装置自体は公知の技術である(前記2(二)の(1)および(4))。そして、このように本件特許発明は電動機が駆動中であることを前提とした発明であるから、精穀機の本来的機能としてはこのような停止装置とは別に電動機の再起動装置が必要であることは当業者であれば自明の事柄であり、かつ、その手段方法は種々考えられると解されるところ、本件特許発明においては、特に右起動装置をも発明の技術的範囲の中に組み込み、その方法を構成要件④のように限定し、敢えてこれを本件特許発明の「特徴」と提称したものと理解することができる。

しかして、(イ)右④の構成要件は公告後の補正によつて追加されたものであり、またそのクレームもいわゆるジェプソンタイプを採用していること、(ロ)その追加された詳細な説明によつても右の構成要件について「別に電動機10を起動せしめるスイッチ2及び回路を設け、……手動で起動スイッチ2をオフにして」「回路スイッチ7のみを電気回路的に保持せしめ、搗精終了時まで運転を続行せしめるものである。」(訂正公報五行目から八行目まで)と説明し、さらにその後に本件特許発明においては電気的自動切替装置にタイマー等の部品を要しないことを強調しており(同九行目から一一行目まで)、これらの記載によると、本件特許発明においては電磁開閉器を利用した自己保持回路とは別個に(すなわち、これとは並列の関係で)、電動機と直結した起動スイッチおよび起動回路(主回路)を提案していると解しうること、(ハ)もともと電磁開閉器を利用した自動停止装置において電動機の起動スイッチを電磁開閉器の励磁関係回路内に設ける技術一般は公知であり(前記2(二)(5))、そのうち特に公知のクレイトン蒸気発生機における電気結線(前記同(6))はイ号製品の構成と同一である(換言すると、イ号製品は右公知技術を精穀機に転用したものにすぎない)にもかかわらず、本件特許の詳細な説明においては前記(ロ)のような方法以外に示唆するところが全くないこと、(ニ)前記(ロ)のような起動装置と前記(ハ)のようなそれとではその作用効果においても相違があること(前記2(三))、以上のような諸点を彼此総合して考察すると、本件④の構成要件はその文言に反しない限度で相応に限定的に解釈するのが相当であると考えられる。すなわち、構成要件④にいう「前記回路スイッチを操作することなく、……起動スイッチを別個に設け」るとは、前記電磁開閉器の電磁石の電気回路とは別個にこれと並列的に接続した起動主回路を設ける趣旨であると解するのが相当である。

しかるところ、イ号製品における右に対応する部分の構成は、その起動スイッチを電磁開閉器の励磁関係回路内に設ける構成を採用していることが明らかである。

5  以上のとおりであるから、イ号製品の構成は爾余の判断をするまでもなく本件特許発明の技術的範囲に属さず、それゆえ、その製造販売は本件特許権を侵害するものではないといわなければならない。

第三よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は結論において相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官今富 滋 裁判官畑 郁夫 裁判官亀岡幹雄)

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